2005年秋、短歌をはじめて5ヶ月ほどの頃のこと。
参加していた「枡野浩一のかんたん短歌ブログ」で
何人かの常連投稿者が連作をつくるよう、指名をうけた。
私はその一人として、初めて20首の連作をこしらえた。
テーマは出産にし、臨月から臍の緒を切るまでを詠んだ。
長女を産んでから三年が経ち、記憶は遠くなりつつあった。
私は日記や写真などの生活記録に、熱心ではない性質だ。
しかし、子どものことはいつか、何かのかたちに残したい……と、
うすらぼんやり考えていたのだった。
現在、その20首の正確なひかえは、手元に無い。
投稿用のブログはすでに閉鎖し、
データは故障した旧いパソコンに入ったきりだ。
こういう性質なのである。
しかしいま思いだすと、なんとも微妙な出来の連作だった。
勢いだけはあったけれど。
枡野さんも評価に困っていらしたようだ。
表現力も構成力も足りず、なにより出産を詠むのだという覚悟、
ちゃんとした「腹くくり」がなかったのだから、当然だろう。
それ以来、出産にまつわる歌はほとんど詠んでいない。
2007年の長男妊娠時は既に結社へ属していて
発表と批評の場に恵まれていたにも関わらず、手がけなかった。
その頃の私は、妊娠・出産の過程を晒すことが
「産めるもの/産めたもの」の特権の見せびらかしにも思えた。
子どもをダシにするようで、気がすすまなかったのだ。
そして時間が経つほど「今さら。。。」という感情がまさっていった。
しかし、青木朋子さんのこの一首に出会い、
目がひらけた。
胎便を出さむといきむ子の尻を動物ならば舐めてやるらむ
(初出・『塔』2008年5月号、歌集『
大空の亀』収録)
この号で私は、編集部から「一首評」の原稿依頼をうけていた。
数千首の掲載歌から、まっすぐこれを選んだ。
当時のデータが(めずらしく)残っていたので載せておく。
<出産経験者は頷き、未経験者は慄く一首だろう。
胎便は新生児の初めての便。
速やかに排泄されねば赤ちゃんの体調にひびく。助けたい。
その踏ん張りに、分娩台での(下手くそ!と𠮟られつつの*)
苦闘を重ねたのか。
いや、きっと理屈抜きに、母は舐めたかったのだ。
愛情より先に炸裂する本能。
生命を産みだすという極限状態にケモノへ還るヒトの姿が、
隠さず飾らずあらわされている。
犬や猫に例えず、きっぱり動物としたのも効いていよう。
母性は畏れ多く恐ろしく、そしてどこか可笑しい。
昨日の出産を語るように生き生きした連作だが、
二十七年前とは!
短歌も母親も、つくづく強靭なものだ。>
*)連作のなかの一首より;
「下手くそ!」と分娩台に叱られて「八時までには産まむ」と決意す
塔で私が書いた初の批評で、読み返すと気負いすぎていて恥ずかしい。
しかし、青木さんの歌があってこそ書けた文章であり、深く感謝している。
出産は個人にとって特別な、大切な、唯一無二の経験だろう。
だが人間、いや生物は何万年も、出産を繰り返して生存しつづけてきた。
特殊なようで、普遍的なことだと思う。
また母子ともに、生命の危機へさらされる場面でもある。
新しい生のすぐそばへ、常に死が迫る。
流れる血液と羊水は崇高なようで、穢れも感じさせる。
混沌と矛盾と相反だらけの、
ごちゃごちゃぐちゃぐちゃのふしぎなできごとだ。
青木さんの歌は、そのごちゃぐちゃをどっしり引き受けている。
出産時に人間は生物に、原始に戻る。
理屈ではない衝動があることを思い出させてくれる。
そして、時を逃せば臨場感は薄れてしまう……
という私の思い込みも、青木さんは一掃してくれた。
時間の経過は、すなわち劣化ではない。
強く深い思いを短い詩形に凝縮して託せば、
いつでも新鮮な状態に解凍できる。
それも短歌の力のひとつだろう。
ダシにするなら、よいダシ汁をこしらえたい。
いつか私も、子どもらの出産を詠めるかもしれない、と思いはじめている。
子どもは私の「なか」から「そと」に、押し出すものだった。
そこで、かつての連作には「出す九月」と名づけた。
九月は娘を出した月。
だから、この記事も九月中に投稿するはずだった。
だった……の……だけど。。。
ええ、いま、何月何日ですか。
やっぱり結局、記録に不熱心な私であった。
短歌(とブログ)があって、よかった。ほんとに。